目次
応力とは
応力とは、物体に力が加わったときに、物体の内部で生じる力の大きさを表す値です。例えば、細い棒を両手で引っ張ると、棒の内部では引っ張る力に抵抗しようとする力が生まれます。この内部で生じる力を、断面積で割った値が応力です。
身近な例で説明すると、輪ゴムを引っ張るときのことを想像してください。輪ゴムが細ければ細いほど、同じ力で引っ張っても切れやすくなります。これは、細い部分により大きな応力が集中するためです。
工学や物理学における応力の重要性
応力は、建物や橋、機械の部品など、あらゆる構造物の設計に欠かせない概念です。建築家や機械設計者は、作ろうとするものが壊れないように、発生する応力を計算します。地震の揺れや、重い荷物、強い風など、様々な力が加わっても安全なように設計を行います。
物理学では、物質の性質を理解する上で重要な概念として応力を扱います。物質がどのように変形し、どのような条件で破壊するのかを予測するために、応力の考え方が使われています。
応力の単位と表記方法
応力は、力を面積で割った値として表されます。国際単位系(SI単位)では、以下の単位が使われます。
項目 | 単位記号 | 読み方 |
---|---|---|
力 | N | ニュートン |
面積 | m² | 平方メートル |
応力 | N/m²(Pa) | パスカル |
実際の工学設計では、材料の強さが大きいため、メガパスカル(MPa)という単位がよく使われます。1MPaは100万パスカルに相当します。例えば、一般的な鉄鋼材料は400MPa程度の強さを持っています。
応力の種類
応力には、力が加わる方向や作用の仕方によって、主に5つの種類があります。それぞれの応力は、物体に異なる影響を与えます。
引張応力
引張応力は、物体を両端から引っ張るように力が加わった時に生じる応力です。例えば、釣り糸に魚が掛かった時、糸には引張応力が働きます。引張応力が大きくなりすぎると、物体は真ん中から切れてしまいます。身近な例では、洗濯物を干すときのハンガーにも引張応力が働いています。
圧縮応力
圧縮応力は、物体を押しつぶすように力が加わった時に生じる応力です。建物の柱や橋の橋脚には、上から重みが加わるため常に圧縮応力が働いています。例えば、空き缶を上から踏みつぶすときにも圧縮応力が働きます。
せん断応力
せん断応力は、物体を平行にずらすような力が加わった時に生じる応力です。はさみで紙を切るとき、2枚の刃の間で紙にせん断応力が働きます。また、木のくさびを打ち込んで材木を割る時にも、せん断応力によって木が割れていきます。
曲げ応力
曲げ応力は、物体を曲げるような力が加わった時に生じる応力です。棚板に重い本を載せると、棚板には曲げ応力が働きます。曲げ応力が加わると、物体の上側には引張応力が、下側には圧縮応力が同時に発生するという特徴があります。橋の場合、真ん中に重みが加わると、上部には圧縮応力が、下部には引張応力が生じます。
ねじり応力
ねじり応力は、物体をねじるような力が加わった時に生じる応力です。ドライバーでねじを回すとき、ドライバーの軸にはねじり応力が働きます。自動車のエンジンの動力を車輪に伝えるシャフトも、常にねじり応力を受けています。
- 引張・圧縮応力:物体の長さが変化
- せん断応力:物体の形が平行にずれる
- 曲げ応力:物体が曲がる
- ねじり応力:物体が回転方向にねじれる
実際の構造物では、これらの応力が組み合わさって働くことが多く、設計者はそれぞれの応力の大きさを正確に計算する必要があります。
応力の計算方法
応力の計算は、物体にかかる力と断面積を用いて行います。物体の形や力のかかり方によって、計算方法が変わります。
応力の基本計算式
応力は「力÷面積」で求められます。例えば、100ニュートンの力が断面積10平方センチメートルの棒にかかる場合、応力は10ニュートン毎平方センチメートルとなります。
応力の種類 | 計算式 | 記号の意味 |
---|---|---|
引張・圧縮応力 | σ = F/A | σ:応力、F:力、A:断面積 |
せん断応力 | τ = F/A | τ:せん断応力、F:力、A:断面積 |
曲げ応力 | σ = M・y/I | M:曲げモーメント、y:中立軸からの距離、I:断面二次モーメント |
断面積との関係
同じ力をかけても、断面積が大きければ応力は小さくなります。これは力が広い面積に分散されるためです。例えば、雪の上を歩くとき、スキーを履くと雪に足が埋まりにくくなります。これは、スキーによって足裏の面積が増え、雪にかかる応力が小さくなるためです。
また、断面の形状によっても応力の分布は変わります。例えば、工業用の鉄骨には「I形鋼」という、アルファベットのIの形をした鋼材がよく使われます。この形状は、少ない材料で効率よく曲げ応力に耐えられるように設計されています。
応力集中について
物体の形状が急に変化する部分では、応力が局所的に高くなります。これを応力集中と呼びます。例えば、板に穴を開けると、その穴の周りに応力が集中します。この応力集中により、物体は予想よりも低い力で壊れることがあります。
応力集中を避けるため、設計者は以下のような工夫をします:
- 角を丸くする(応力集中は鋭い角で起きやすい)
- 断面積の変化を緩やかにする
- 必要に応じて補強材を入れる
機械や建物の設計では、この応力集中を考慮して、十分な強度を持たせる必要があります。特に、繰り返し力が加わる部分では、応力集中により疲労破壊が起きやすくなるため、より慎重な設計が求められます。
応力と材料強度の関係
材料には、それぞれ耐えられる応力の限界があります。この限界を超えると、材料は変形したり、破壊したりします。安全な構造物を作るためには、材料の強度と実際にかかる応力の関係を理解することが重要です。
許容応力とは
許容応力とは、材料が安全に耐えられる最大の応力のことです。材料試験で得られた破壊強度をもとに、安全率を考慮して決められます。例えば、鉄筋コンクリートの梁を設計する場合、コンクリートと鉄筋それぞれの許容応力以下になるように設計します。
材料の変形には、力を取り除くと元に戻る「弾性変形」と、力を取り除いても元に戻らない「塑性変形」があります。許容応力は通常、弾性変形の範囲内に設定されます。これにより、建物や機械に力が加わっても、使用後に元の形に戻ることが保証されます。
安全率の考え方
安全率とは、材料の破壊強度を許容応力で割った値です。例えば、破壊強度が1000メガパスカルの材料で、安全率を5とする場合、許容応力は200メガパスカルに設定されます。
用途例 | 一般的な安全率 | 設定理由 |
---|---|---|
建築物の主要構造部 | 2.0〜3.0 | 地震や台風などの予期せぬ力に備える |
橋梁 | 3.0〜4.0 | 多数の人命に関わる重要構造物 |
クレーン | 5.0以上 | 重い物を扱い、事故が致命的 |
一般機械部品 | 1.5〜2.0 | 使用条件が明確で管理が容易 |
材料選定への影響
材料の選定では、必要な強度を確保しつつ、コストや加工のしやすさ、耐久性なども考慮する必要があります。材料選定に影響を与える要因には以下のようなものがあります:
- 予想される最大の応力(地震、風圧、積雪などを含む)
- 使用環境(温度、湿度、腐食性物質の有無)
- 使用期間(疲労強度の考慮)
- 経済性(材料費、加工費、維持管理費)
例えば、自動車のボディには鋼板が使われますが、近年は軽量化のために一部をアルミニウムや炭素繊維強化プラスチックに置き換える例が増えています。これは、必要な強度を保ちながら、燃費向上という別の要求も満たすための選択です。
また、同じ強度であれば、より軽い材料や加工しやすい材料が選ばれることもあります。ただし、コストが高くなる場合は、使用する部分を限定するなどの工夫が必要です。このように、材料の選定は、強度、コスト、加工性など、様々な要因を総合的に判断して行われます。
応力測定の方法
応力を直接目で見ることはできませんが、様々な方法で測定することができます。測定の目的や対象物の特徴に応じて、適切な方法を選択します。
ひずみゲージによる測定
ひずみゲージは、物体の変形(ひずみ)を電気の変化として捉える測定器です。金属の細い線や箔を蛇行させた形状をしており、この部分が伸び縮みすると電気抵抗が変化します。この変化を測定することで、物体にかかる応力を知ることができます。
測定の手順は以下の通りです:
- 測定したい場所の表面を丁寧に磨き、きれいにする
- ひずみゲージを専用の接着剤で貼り付ける
- 配線を接続し、測定器で電気抵抗の変化を読み取る
- 得られた値を計算式に当てはめ、応力を算出する
ひずみゲージは、橋や建物の健康診断、機械の性能試験など、幅広い場面で使われています。特に地震の揺れで建物にかかる力の測定や、自動車の部品の強度試験などで重要な役割を果たしています。
X線による測定
X線による応力測定は、物体の内部構造を壊さずに調べることができる方法です。金属などの結晶性材料に X線を当てると、結晶の間隔に応じて特定の方向に強く反射します。応力が加わると結晶の間隔が変化するため、この反射の角度を測定することで応力を知ることができます。
この方法の特徴は以下の通りです:
長所 | 短所 |
---|---|
物を壊さずに測定できる | 測定装置が大きく高価 |
表面だけでなく内部も測定可能 | 測定に時間がかかる |
高い精度で測定できる | 専門的な知識が必要 |
光弾性実験による測定
光弾性実験は、透明な材料に偏光を通すことで、応力の分布を目で見ることができる方法です。材料に力が加わると、その部分の光の性質が変化し、色の縞模様として現れます。この縞模様のパターンから、応力の大きさや方向を知ることができます。
この実験では、実際の製品と同じ形の透明な模型を作り、力を加えて観察します。縞模様の間隔が狭いところほど応力が大きく、模様の方向から力の向きを知ることができます。
光弾性実験は主に以下のような場面で活用されています:
・新しい製品の設計段階での応力分布の確認
・応力が集中しやすい部分の特定
・設計変更の効果の確認
・教育現場での応力についての理解促進
この方法は、応力の分布を視覚的に理解できる点が大きな特徴です。例えば、歯車の歯の付け根や、金具の角の部分など、応力が集中しやすい場所を一目で確認することができます。また、設計を変更したときの効果も、色の変化として直接確認できます。